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2011年5月

2011年5月25日 (水)

20110522 前線通過はねぇ

4時頃の前線通過は承知!
昨日の御宿で乗りまくって、朝飯食ってまた寝てしまうほどだったのに
でも、吹いてるケミ情報
残りの風で昨日のこりほぐし?がてら乗っておくかと
1時からマウイセール タイタン 7.5 ダウン適正 アウト適正
タブー ロケット115L に400mmのフィンで上り重視でOFFショア変化にも対応のつもり

快調に走る
フィンパワーが感じられて南西波有りなのに結構登れる
少しづつ風もシフトしてるのか?
前線の雲が岸側から近づくのも見える
1時間ほど乗ったか
そろそろヤバそうな雰囲気
最後ワンレグそれも中央突堤は越えない程度でターンしたつもり
その奥、30mにクロサーを見つつ・・・

風が終わった
終わりって?
そう終わりです!
まったくの無風

プレーニングしてたところからいきなり無風
これはフォーミュラーかコースレースボードを使ってないと立ち上がれません
しかし、取り残されたのはたった3人

バカなやつだと御思いでしょうが・・・
そうなんです
バカなんです
ちょっとでもプレーニングしたい!
ってな貧乏根性なんですよ
これがへたすりゃ命取り!

自分は、ライジャケ、防水携帯電話、レスキューロープを常備していますが・・・・
週に2,3日は1200mの水泳もしていますが
この状況は いけませんなぁ

まあ、リグを引きながら泳ぐ
岸を見ない!!!!
できるだけ横の景色を見てその景色が角度を変えて行くのを確認
そうすると泳いでいて、確実に進行していることがわかる
正面の目標を見るといつまでたっても進んでいない錯覚におちいる!
そこで、体に力が入りすぎて
体力が一気に低下
気力もなえて・・・・

慌ててはいけない!
脱力しながら確実に泳ぐのが重要
そして・・・

風が吹くのを待つ
しかし、中央突堤の付近オフショアの場合病院の影で巻いた風が吹いてます
ウオータースタートで立ち上がってもすぐに逆風でコケます
もう少し時を待つ

そんな中、さらに泳いで顔にぐんと風を感じる様になった所でスタート!
レスキューの船がクロサー君を収容中を確認して
プレーニングで岸に帰還

余裕はあったが?
危ういのは確か
過信は禁物!

知った人が沖に行っても、自分はどうかを問いかけるのが重要
小さいセットは特に用心用心!

生きてる証に 年に一度はヤバイめに合うのも良いが
自分の場合は相当多いかも知れんなぁ

浜に上がると
クロサーが船で ハーバーに入港するのが確認された
もう一人は何とか泳ぎ着いた

そして仲間が駆けつけてくれていた
心配おかけしました

無風クライシス

何度目だろうか・・・
経験はギリギリを狙うようになる場合がある
策におぼれる ってやつだ

ここでは以前竜巻のような強風が何度が吹いたこともある
ウインドサーファーが溺れて、自分が人工呼吸したけど・・・・

数日後に亡くなった

俺もそうなるようでは、あほ です
その人の身をもって示した危険を感じなくてはならないだろう

ショップに戻っていつもの連中とワイガヤ
店長宅でピザパーティー
昨年のPカップに参加したミュウがゲットしたピザーラ商品券が炸裂!
どうもご馳走様でした
いつものように・・・が 幸せなんだってば

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20110521 ウエーブも復活

先週は何とかスラ復活
今週は南部がしっかり吹いている
この風の状況は
春から梅雨にかけての御宿びよりだ
遅めに出発

おお、イトキチも同じく御宿らしい
御宿は一年ぶりかな
この季節、海水浴前までが御宿の季節なんだ

さてと、サボテンの駐車場にはいっぱい来てます!
お、アニキやチズちゃん、イトキチ、ミュウ、ウエザーマンさん、ニシナさん30人はいるかな
阿出川さんのカイトチームも来てる

ちぃと吹き上がって来た感じだが
ここはインサイドガスティーなんで
イジー 5.2
バーレー リズム 105で行く
おお、この感じ
良さそう
3往復
んんんん
風が落ちやがった?いや、風向が変わったみたい
まあなんとか走るのでアウトを緩めて波に乗る
バックサイドはまあまあ
フロント行けば・・・あかん
巻かれるのみ

ついついオンショアなのに波に向かってしまう
もっとボードを走らせないと!

沖でもちょいとウオータースタートがきつい場合がある
水温が低くシーガルでは体温を奪われる
一旦上がってタッパーを着込む
全然違います!

気合入れなおしてさあ!
風も
んんん
復活してきました
ジャンプもできるくらい
以前ここではフォワードができた事がある
ビデオ撮ってもらってたからか
気分が乗ってできたのかも?
今日はオンショアがきついのでトライするほどの角度が無い
まずはウエーブを楽しむ
2回ほど何となくフロントへ
しかし、まだまだだな
そんなこんなで6時まで乗りまくってしまった
満腹です
おまけに波にもまれているときにボードで後頭部をガツンとやられた!
ヘルメットしてて良かったが、こりゃ危険でした
まあ、暗くなる前に
皆さんとおしゃべりしながら撤収

夕食は
イトキチ、ミュウと焼肉を食らう
食べ放題はさすがに腹いっぱい!
アミノ酸も飲んで豚肉を食って本日は終了
首と節々が痛いな

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2011年5月23日 (月)

復活した ウインドサーフィン!

GWの後半からウインド仲間のイベントに参加
しかし、風は不発
その後8日の日も不発
フォーミュラーに9.2でも走らない・・・まったくのハズレ
Pa0_0012 京葉のガスタンク爆発炎上被災地は肉眼では確かに見えるが
沖から撮影するもあまり写らず

ようやく15日
ケミにてスラ
ビーチクリーンでしばらくぶりの仲間と雑談
その仲間は浦安で家が傾いたけど、国の被災基準見直しでなんとか保証が得られて基礎工事ができるそうです

さて海の方は タブーロケットに36cmノーマルフィン
マウイセール タイタン7.5ジャスト仕様にて出廷
最初は少し強めの風、カニンガムを引いて風を逃がす
気持ちい!
やはりウインドは良いね
でも・・・
すごい人手 密集状況は危険もある
できるだけ風上に上がってとおもいつつ
次第に風が弱くなりどうも上に行けないままジャイブを繰りかえし
ジャンプを楽しむ
今一カチッと乗り込めて無い、ブレーキぎみジャイブが多い
まあ2ヶ月以上のブランクのせいにする
知らない間に逆手のジャイブが定着しつつある
さらに風が落ちて・・・終了?
と思いきやまたぐぐっと盛り返して
時間ギリギリ4時45分まで乗って終了
なまはげ親分は一旦車を外に出して居残り練習
自分は手の豆が潰れそうなギリギリの線
潮時でしょう
そそくさと片付け

この震災被害で駐車場が休んでる間に、ヨットハーバーのレストランが閉店してしまい5時以降の駐車場出口が閉鎖されてしまうようになってしまったのです
あーなんてこったい
風が吹けば桶や・・・・連鎖
うちの会社は大丈夫だろうか・・・
夕食はジャスミンにて一松帰りのヘロシ君とプニさんとでエビチリをいただく

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2011年5月10日 (火)

今日は1400m

5月7日にやっとこ

いつも行ってる50mプールが再開した

25mプールで目が回っていたのが嘘のよう

この日は1500mも泳いでしまった

そして、今日は1400m

泳げることが嬉しいと思う

まだ1レーンに2人もいたり居なかったり

泳ぎやすいったらありゃしない

人に追いついたり追いつかれたりするのは疲れるし

のびのび泳げない

しかし、まだ一箇所のプールが再開しない

天井が落ちてまだ工事がいつになるか不明だ

このプールの方が少し安くて300円だし 新しい

まったく 贅沢な話だが やってくれるなら利用します

どっかのスイミングクラブやジムに比べて格安だし

これからも泳ぎましょう!

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2011年5月 4日 (水)

20110427東日本大震災 ボランティア

災害ボランティア

やります

GWの2日前の27日から会社休んで
工場のある気仙沼

でも26日になって、人事考課の指示が・・・・
面談が必須なんですが
リーマンショック前までは実際に会っていたのに
その後はTV会議システムでしかできなかった
今はそのTV会議も通信不能で無理!
ここで被災した彼らに会わずしていられようか
褄を亡くした部下も居る じかに話しても遠くを見るような・・・・・・・PTSDが心配だ
5月28日に結婚を控えていた部下も居る
こんな時になんと会社でエロ画像を見てて摘発された部下もいる
ああなんてこった

さて
27日は移動480kmくらいか、6時37分に出発
006 柏のマックバリューで買い足ししてから宮城工場に14時到着
仙台から先は段差が多い東北自動車道でしたが問題なし
本吉に近づくといきなり周囲の風景が・・・
ボロボロの家屋、枯れ果てた竹・・・
今走って来たところは何ら地震の被害なしだったのに・・・
宮城工場に上がる坂
曲がり角も不明なくらい地形が変化している
流された道を修復して
ようやく道が付いた
自衛隊や土砂運搬のダンプが行きかう
工場の被害は軽微だった
しかも社員は全員無事

いつものようにこの時季 桜が満開である・・・
今日は工場長はじめ数人の社員の家族の葬儀だが
お寺も被災していて
参列お断り
瓦礫の山の中
参列者の車も駐車できないのである

人事考課もほぼ終了
28日は災害ボランティア
何となくどんな事をやるやら不安な感じをいだきながら
014 「からくわ荘」気仙沼の半島の一つの先端にある国民宿舎にて宿泊
先に宿泊しているボランティアに情報を聞きあさる
さあ
明日はどうなるか

28日
気仙沼の駅前に近い道を行ってみる
しかし、倒れた家屋、焼け爛れた家屋、瓦礫
そして何ともない町並みが・・・
ほんの数メートル差で混在する
018 ボランティアセンターで受付9時10分

ボランティアコーディネーターの五十嵐さん
人が依頼人数に達するまで待つ
人数が6名でリーダは地元の若いボランティア
実家は流されたが自分は横浜に在住しているそうだ
現場は彼の出身小学校のすぐ近く
社員の一人もここで被災し、家が根本から引っこ抜かれて流され
お子さんもこの地区の小学校で被災したが無事だったそうだ
南郷地区の小野寺さん
廃油処理業者さんです

玄関に隣の屋根が突っ込んでいる状況
10時すぎから
ドロや家事道具を家屋の中から運び出す
しかし、きつい臭い
重油につかった隣の工場から流れてきたサンマやカツオが畳の下に敷き詰められている!!!!
あまりにもひどい臭い
サンマ、カツオの重油浸け畳蒸し なんて食えたもんでは無い

臭い付き重い畳・・・
これを
撤去する!
狭い屋内なので二人でこれを持ち出す
自分より高齢のかたも居て二十代前半の2人と自分が畳み運び

家の中で平スコップで板の間をジャリジャリやる
床一面に4cmくらいの厚みのヘドロがたまっているのだ
カーペットも水と油がしみこんでいる
金庫運搬は午前中の一大イベント

021 昼食はリーダー君が良く遊んだ川のほとりに腰掛けて
眺める光景は

桜が満開・・・
川の中に家、屋根にかもめが多数
その横に船
その向こうの土手に桜並木
毎年ライトアップされ桜祭りが行われていたそうだが

午後はオイル入りのドラム缶と仏壇の洗浄
仕切りが上手い若いリーダ君
なかなかやるじゃないですか
3時に終了
俺も次は同じ以上しっかりしなけりゃいかんな

29日
母の誕生日
まずは災害ボランティア
9時に集まると昨日よりもはるかに多い人数
いよいよ本格的にゴールデンウイークのボランティア渋滞か
それでも十分すぎる仕事がある
そんな中、コーディネーターが「男何人何々の仕事あります!」と集団の中で言うと
周囲の人が手を上げる
この呼びかけがあると、多数の手が上がっているので
遠いところだと無理
やり方はこれで良いのか?
との声もありますが
整列して端から「いかが?」条件的に無理な場合はパスしながらも順番に決めて行くのも良いのでは
とも思うが
並んでいると少し自分に無理がありそうな作業でも順番待ちの人に遠慮してむりむり引き受けてしまう場合がありそうです
挙手する方法は基本的に積極的に自分から申請するのだから無理にはなりにくい
ただ、仕事にあぶれたくなくて無理に手を上げてしまう場合があるが
整列して振り分けるよりも無理が起きにくいとも言えるかもしれない
まあコーディネーターの裁量によりいろいろあるかもな

この日は昨日の場所に近い家屋
壁の洗浄
人数は6人
コーディネータが用意した現場の状況ノートにある必要物資の調達
スコップ、ねこ、バール、水タンク、ブラシ、ホース、バケツ
貸し出し表に員数チェック、さらにノートに無いものも気を利かして持っていく
作業靴の中敷も踏み抜き防止のタイプを貸し出してくれる
自分は全て用意して行ったが、怪我しないようにボランティアセンターには多数そろっている
物資は足りているのだ

031 昨日の経験から本日は赤い上着を着るリーダーになって皆さんを引っ張る
休憩の時間設定、物資の員数確認、健康、怪我のチェック
本部との連絡、状況報告

水道がようやく来た三上さんの家
1階の天井近くまで泥水が押し寄せた
屋内の瓦礫は以前のボランティアが撤去した
後は家屋の洗浄
壁にあるドロの痕跡
デッキブラシでごしごしやるしか無い
一般家庭でやるはずも無いこの作業
基礎に割れが見られる
床が少し傾いていて流した水が溜まる所がある
昨日よりは蒸し暑くは無いが、4,50分で10分ほどの休憩を入れる
部屋ごとに人を配置して作業にかかる
トイレはなんとくみ取り式
そこに天井までの水・・・
壁はもうくそみそ汚れって事か
すでに2ヶ月近い間、乾燥しきっている
今後 床には消毒作業が必須だな
032 依頼人はここが実家で母親が暮らしていたそうだ
何とか母親はこの家にまた住みたいとの事
地盤が下がってはたして今後ここに住んでよいのか?
行政の対応を待っていても羅知があかない
今できることをやるしか無いのだ
さあ、本日も3時に終了

今日のボランティア作業で知り合った栃木の青木君
我体がでかいのにオペルのワゴン車で寝ているそうです
寒い、雨でうるさい、朝周囲が騒がしい
ボランティア疲れが溜まりつつある
そこで、国民宿舎に誘った
ここは風呂もしっかり入れるし食事もしっかり取れる
まあリセットしてはいかがでしょう
って事
しかし、この「からくわ荘」5月から国が仮設住宅の作業員を宿泊させるのと
どっかの大学のシンポジュウムが開かれるのでボランティアが締め出される状況になってる
でも国はその予定を半月先送りして
今まで断っていたのにハシゴを外されてしまった状況
支配人もぼやいていた

ボランティアセンターから少し離れているのだが、高台でまったく被災していないので電気水道が戻ったので十分営業できる状況

北側の海岸線に行ってみると被災した跡は見られない岩場の崖っぷち
遠くに大船渡が見えるはずだ

さらに歩いて御崎神社まで行ってみた

ゆっくり風呂に入って飯食って、酒飲んで
この青木君、バイク乗っててスキーもやる45歳
弟と同じ歳だ
話が合ってバイクかスキーでまた会おうと言う話になった

朝6時45分に起床
なんと朝風呂にまで入れる
贅沢な話だが、その分地元に宿泊費で還元

遊びのキャンプ、車中泊じゃ、無理しても良いけど
ボランティアも体が資本だし
自分はキャンピングカーで食事の物資も十分持ち込んでいますが
宿が取れるなら取れるだけ宿泊しようと思っている

本日も延泊できるか交渉してみたら
シンポジュームでいっぱいだけどなんとかOKとのこと

0411 宿を出て、突端の船着場の先に自衛隊の輸送船「しもきた」が停泊している
ここから双発の大型ヘリが発着するヘリ空母のような艦艇
この船は被災地域支援物資をどんどん送り出す基地になっているのだ
大型ホバークラフトも搭載している
孤立地域上陸もできる

0431 さらに、唐桑の被災した「コメリ」を撮影

さて本日はどんな作業か?
9時前にセンターに到着
もう駐車場は満車に近い
ぬかるみの駐車場に入れる
声を上げそうなコーディネーターの動きを読んで近づく
依頼内容が出るとすぐに自分ができる作業かを判断して手を上げる
もしくは先に手を上げて考えてから手を下ろすのもあり
瓦礫撤去の作業7名!
はい!
青木君も同じ作業に入った
「誰かリーダーさんになってくれませんかぁ」
自分「やります」
本日もリーダーです
副リーダーは青木君
今日はなんと子供連れの人がこの仲間に入って計8人
十分気をつけないとならない
子供が怪我したらいかんからなぁ

早速に必用機材を集める
現場のお宅には重機があって大きいものは依頼主さんが運搬してくれるそうです
ねこは一つ、スコップ人数分か
その他いろいろ、貸し出し台帳に記入

048grp_0101 今日入るところは気仙沼市場の対岸
震災当時は、津波と火事と道路の破損で孤立
舗装道路上に「SOS」が書かれている
小野寺さん宅に到着
軒下まで津波が入った
さらに自分の家の船が発火し、庭木周囲まで燃えたが、何とか家は大丈夫だった
本日は目の前の田んぼ脇にあった下水の側溝の上にうず高く積もった瓦礫の撤去
さて・・・?
0497 奥さんしかいませんが、重機は?
「運転お願いします」・・・って
俺か
しゃーないな
クローラーダンプって言うキャタピラの付いている小型耕運機のようなものに荷台がついているしろもの
運転は難しいわけでは無いが、初めてだし、実際には大荷物を入れて相当な重さになる
運転ミスで事故起こしたら大事だ
リーダーがやるしか無いか・・・
旦那さんも仕事があるので午後にならないと帰ってこないらしい
よっしゃ
エンジン始動!
ここは周辺住民の支援物資が集まる場所
瓦礫が無くなれば排水もできるし、車が出入りしやすくなるのだ
まずは家の残骸の柱や壁、そして土砂
少しづつだが撤去されていく

しかし、問題が
雲行きが怪しいのだ
まず雨が来るのは間違い無い
子供もいるし高齢者もいる
濡れる作業は禁物だ
作業は確実に速やかに、無理せず実施
センターには早めの撤収を連絡し、2時20分に送迎を依頼
午後、ポツリポツリと来るが何とか隠れていた側溝が現れ
なんと当初の予定以上に進ませる事ができて、排水も回復した!
そして道具を洗ったところで車が到着、移動中に雨脚が強くなった
読み通りだ
本日も無事終了

051 このお宅から見える気仙沼市場は地盤沈下で潮が満ちて水没するため使い物にならない・・・

リーダーは作業報告書作成
当初の予定作業日数は3日としていた
これ以上はGWになるのでボランティアももっと増える
さらに雨の予報だ
よって明日は
北上して普代あたりまで行って視察し
仙台の大和田さんとわこう君のと飯、酒でも飲むか
0661 帰る途中、唐桑半島の高台、「いさり火パーク」に登ってみた
すばらしい眺めなのだが・・・
明かりの付かない気仙沼、小さな港には沈んだ家が見える
この丘の上にはボランティアさんのキャンプ場がある
吹きさらしでさぞかし寒い事だろう
がんばってくれ!
昨日遅くに多数のボランティアが到着
実は気仙沼のボランティアはGW中の新たな受付をしないとホームページで出しているそうだ
しかし、来る者を拒んでしまってはあんまりだ
単に集中を避けるためのアピールであって
実際には問題無く受付てくれた

夜はシンポジュームで大騒ぎ
昨日までは食堂も1/3しか使ってなかったけど
いっぱいです
まあそれも経済効果だろう

076 帰宅(国民宿舎)途中で購入した、地酒の男山 「福宿」ふくやどりをいただく

さて5月1日の宿はR&Bホテル
なにしろGW
大和田さんに多数教えてもらって
電話をかけまくって何とか空きがあったのだ

朝はいつもの通り起きる
御崎の先端まで行ってみる
どんよりとした空
雨がぱらつく
晴れ晴れしい気持ちでこの風景が見られる日はいつ訪れるのか・・・

陸前高田、大船渡、釜石方面に向かう
普代村は昔バイクで行った思い出がある
しかし、ナビで確認すると
んー
遠すぎ
釜石あたりで引き返すか
山間部を通る道はなんら問題ない

陸前高田
一面
家屋がまったく無い
09914階を越える位置まで津波が押し寄せた
残った僅かなビルにくっきり傷跡が残る
そして瓦礫が海岸線にうず高く積まれている
これが日本なのか・・・
気仙沼とは違う
何も無いのだ
荒涼とした平地
まるであの中国の敦煌へ向かう4000mの荒野をバイクで走った時のような
しかし、つい2ヶ月前まで人が生活していた空間なのに

釜石は鉄の街
活気があったであろう場所は
まだ電気が来ていない所が多く、信号が動いていない
製鉄所はすでにいくつも炉の火が消えていたが
今は全て機能していなであろう
しかし、ある場所からは何も無かったかのように町並みが残る
そのまま遠野に向かう事にする
遠くの山には残雪が残る

雪解けしたばかりの遠野
黒い土質
家屋は北海道に多いサイロ風の屋根が多い
川ぞいにはまだつぼみの桜並木が延々と続く
民話の里
でも街はけっこう大きくて一般的な市街地
周辺は牧歌的風景
1141 そこで、カッパ淵に近い伝承園の脇の駐車場で自転車を下ろしてサイクルロードを走る事にする
カッパ淵のあるお寺ではちょうど葬儀があって見に行くのが憚られたが
すみの方から行かせてもらいました
その後、猿ヶ石川に沿って走る
雪解けで少しにごっているが小川のせせらぎと言う感じ
土手が低く川の流れが近い
サイクルロードは周回するコースで20km近くあるので途中でエスケープして10km程度で切り上げたが
けっこうきつい
124 変速機なしの自転車は遠乗りには向かない
途中の茶屋でおしるこをいただく
さあ、そろそろ仙台に向かわないと
まだ100km近くあるのだ

高速道路はガラガラ
予想到着時刻から30分早く18時にホテルに到着
大和田さんと連絡を取ってまずは居酒屋へ
そしてショットバーまで行って
少し飲みすぎで終了
わこうくんは仕事があって来れませんでした
電気設備の仕事は復興事業とあいまって忙しいのだ
大和田さんはデイケア系の仕事
預かったお年寄りを帰宅させる時刻より少し早い時間の地震と津波だったため
移動中に被災することが無く人的には大丈夫だったそうだが
電気、水、食料が無い中
数日間職場で過ごさなくてはならなかったとの事
両親は被災しなかったけど
避難地域ではないが原発に近いため大変だそうです

仙台も空港付近のひどい状況が伝えられますが
市街地は非常に活気があって何事も無かったように見えます
若干歩道などは波打ってますけどね

さあ人生を楽しまなきゃ
亡くなられた方々の分まで・・

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